『A Love Song.』 ---The Latter Part.
血相を変えて珊瑚たちが戻ってきたのは、弥勒が燃え盛る家の中へ入って行って、十分ほど経った頃だった。
「……法師さまが、家の中!?」
聴いた瞬間青ざめる。子供は、丸い目をいっぱいに見開いて、眉根を困ったように哀しそうに寄せて、うん・と返した。
「へーすけがね、居なかったの。多分家の中にいるから…ほうしさま、居ないって聞いたら飛び出してっちゃった」
「……」
「ごめんなさい…私、止めたけど……もっと、強く止めていれば…!」
給仕のおばさんが泣き崩れる。名主も、村人も、おろおろとその様を見ていた。
「…あたし……行ってくるっ」
「珊瑚ちゃん!?」
駆け出しかけた珊瑚を、かごめが止める。すぐに七宝や雲母も飛びつく。
「放して!大丈夫だよ、こんな火ぐらいっ……」
「こんな火、って、こんななんてレベルじゃないわよ!…大丈夫…だよっ、弥勒さまが死ぬわけないもん!」
「ここで珊瑚まで行って、そいでその間に弥勒が帰ってきたりしたら弥勒が悲しむぞっ!駄目じゃ、行ったら駄目じゃッ!」
「……だって…!」
「馬ッ鹿じゃねーのかてめーらは!俺が行きゃ良いだろ俺がっ!!」
そこで初めて彼に気付いたように、珊瑚の目が犬夜叉にとまる。
その瞳が火を受けてか何を受けてか、揺らぐように煌めいていて一瞬言葉に詰まった。
だが足を前に向けて進め、それでもふてくされたような目できっと彼女を睨んで。
「……絶対ぇ見つけてくっから、…はやまんなよ。」
ぼそりと言い残すと、行ってくる・と今度はかごめに向けて言って、上空からぴょんと跳ねるように燃え盛る家へと入っていった。立ち尽くしてその背中を見つめる。
「…大丈夫、犬夜叉だもん…きっと見つけてくれるよ。」
「……」
黙っている彼女。本当はかごめも解ってる。彼女がこんなにも震えているのは、黙って唇を噛み締め拳を握り締めているのは。
ただ大切なものを自分の手で護れない現実が悔しいだけ哀しいだけ切ないだけ
「――あんたらっ!」
名主達と同じくおろおろしていた侍達の方を、見もせず呼んだ。はいっ・と緊張した返事が来る。
「……あんたらっ…もし、もし…法師さまが死んだら……」
凍った瞳が振り返り、睨みつける。
「――…あたし、死んでもあんた達を許さない」
震えた声だった。
「!…あれっ……」
驚いたように子供の一人が家の方向を指差した。全員がはっとそちらを向く。
人影が、一つ。
「…へーすけだ!へーすけだよ、へーすけーっ!!」
嬉しそうに子供が叫び、何人かが駆け寄る。全身真っ黒になって、その子はぽかんとしているようだった。珊瑚も、慌てて駆け出す。
「だいじょうぶだったか、へーすけ!?みんな心配したんだぞ!」
「怪我ないか!?」
「…うん……」
「ちょっと!……ちょっと!!あんたっ……法師さまは!?」
必死の面持ちで見つめてくる珊瑚に、たた困惑したような驚愕したような目を向けて少し黙る。それでも、震える唇を開いた。
「…ほうしさま……は、」
若干の躊躇い。そして、
「…中。」
「中!?…なんでっ……」
言いかけたとき、ずん・という地の震えるような低い音が辺りを揺らした。
「…なに……」
かごめが微かに声をあげる。ぽかんとして誰もが音のした方、家のほうを見やった。
何かがきしむ音。少しずつ少しずつ削れて、崩れていく音。
そして不意に呆気なく、家はくしゃりと潰れた。
全ての人が黙っていた。黙って、ただ、立ち尽くしていた。
間一髪抜け出したらしい犬夜叉も、今しがたまで燃えながらも一応建築物であった、そして間違いなく仲間を覆っていたはずのけれど今はただの燃えるがらくたになってしまったそれを、ぽかんと見つめて立っていた。
目を見開いたまま固まっている珊瑚の横で、すすだらけの男の子が何かを迷うように珊瑚と瓦礫とを交互に見やっていた。そしてそうっと口を開く。
「……あのね。」
ふっ・と珊瑚の目線が動いた。ゆっくり、じっと男の子を見下ろす。
一瞬気圧されたようだったが、すぐにぎゅっと唇を噛んで、また喋り始めた。
「…あのね、中でね、俺、こけちゃって…はぐれてひとりになって、けほけほしてたらほうしさまが来てくれたの。そいで、途中までいっしょだったけど……すっかり火が道をふさいじゃってたんだ。そしたら、ほうしさま…俺のことぶん投げて、火の向こうに出してくれた」
「……」
「投げる前、俺の目見て、微笑ったんだよ」
「……」
「んでね、言ってた。『仲間によろしく』って」
「……」
「それと、お姉ちゃんにって。意味はよくわかんなかったけど。…『一度で良いから、聴いてみたかったってだけだから』」
「……え」
「『気にしないで下さいね』。だって」
珊瑚の目がぎりぎりまで見開かれた。睫毛まで細かく震えて、唇も震えるだけでそのせいでまともに動きはしなかった。
「……ガキっ!てめぇちょっと来い!」
「え?」
いきなり思いっきり怒鳴られて目を白黒させているとまた怒声がくる。いつの間にやら瓦礫の山のてっぺんに登っていた、犬夜叉だった。
「来いっつってんだろ!……どこだ!お前が弥勒と別れた場所は、どの辺だ!」
言いながらも、両手でがしがしと瓦礫を掻き分けていた。まだ燃えている木のかけらはどれも熱のこもった明るい赤色で、多分彼にとっても少し、いやだいぶ熱いはずだが少しも構わず。
こめかみから頬へ汗が一滴垂れた。
きっと彼もそれが全く無意味なことだなんて泣きそうなくらいしっている
「――…おいっ珊瑚ッ!!てめぇもぼけっとしてねーで捜……」
「……馬鹿」
「あ!?」
返ってきたのが思いがけず自分をけなす言葉だったのでまずぱちぱちと瞬きをした。次いで、いつものように単純な怒りが湧いてくる。
「馬鹿、ってお前なあ!!…なんにもしねぇ内から諦める奴に言われたくねーよ馬鹿ッ!!」
「馬鹿」
「まだ言うかこのっ」
「馬鹿……馬鹿っ」
そこまで聞いて初めて、それが自分に向けられた言葉ではないと犬夜叉は悟った。
膝が力を失って、とん・と地に着く。
「馬鹿じゃないの…何言ってんの」
思い出す。昼間聴いた低い声そしてその言葉。
「もっと他に未練とか、あんじゃないの?」
ぽろ・とひとしずく、目から零れた。
「――――…好き。」
やっと言った言葉は遅すぎたと分かっているから泣いたのだろうか。
「好き、だよ」
一度零れるとそれは何かの限界量を超えたようで、ぽろぽろぽろぽろ、ばかみたいに次から次へ溢れて出て行く。
「大好き」
何度、
「大好きだった」
何度、
「好きなんだ」
何度、
「ただすこし怖かったの」
何度言っても、
「言葉にしたら全部どっか消えちゃいそうで」
何度言っても言い足りない
「それでも法師さまの言葉、思い出すだけで幸せだったから」
何度言い足しても変わらない
「だから言わなかった、言えなかった、だから――…ねぇ、法師さまっ」
たとえ本当に身をけずって言ったとしても
「――…好き…。」
…言ったとしても、もう二度と言い足りることはないんだとわかってるだけど言っていないと死んでしまいそうに今は、せつない。
膝をつき、両手で顔を覆ってぽつりぽつりと遅すぎた愛の言葉を告げて、ただただ泣き続ける彼女の後ろではまだみんなが言葉を為すべきことを失っていた。
本当は自分も喉元まで詰まって何も言えないくせに、性分なのか彼女の細い肩をそっと叩いてあげたくて手を伸ばしかける。
そんな自分をほんの少し哂って、そしてやっぱりこらえきれなくてかごめ自身ふっと泣きそうになった、その時。
ふわ・とすぐ横を、生温い風がごく自然に抜けていった。
「――…え?」
涙のせいで喉が詰まってしまったようで、少し声が途切れた。短く、深く息を吸い、しゃくり上げるようにした後ではぁと吐き出すように、また。
「……すき……」
間髪入れず、
「私も。」
低く柔らかい声が言って、そして背中から肩まで、身体が暖かくなった。
また目をまんまるく見開き、固まる。涙が少し止まる。
誰もが唖然として、“二人を”見ていた。
「……ほ、し…」
「星?」
「法、師……さまっ」
「はい」
にっこり微笑って返事。顔やら何やらあちこち煤けてはいるが、ほぼいつも通りの彼だ。そうして当たり前みたいにまた珊瑚をきゅうっと抱き締める。
「ああ、やっと言ってくれた」
「…な、に」
「さっき言ってくれたじゃないですか」
「……」
「好き、って」
「……」
「よかった」
「……」
「私も、好きです」
「……、馬鹿…」
「馬鹿でも結構」
「…馬鹿っ!」
少しむきになったように言って、それから頭を押し付けるように強く、弥勒の胸元に顔をうずめた。
今彼女が笑っているか泣いているかはわからない。
どうやってあの火の中から抜け出したのか・というみんなの問いに、弥勒はこともなげに答えた。
「抜け道」
「……は?」
一様に目を点にして口をあんぐり開けた人々を、面白そうに眺めつつ、
「平助と別れて、それから一応生き残る可能性は無いかとそれまでの道で火の無い所を辿ってたんですけど、そのうち追い詰められましてね。いよいよこれまでか、駄目で元々だし風穴でも開いてみようかと」
「弥勒さまそれむしろ火ぃあおるんじゃないの?」
「だから、駄目で元々ですってば。ていうか実際やりませんでしたし。……開いてみようかと思って、数珠に手をかけかけた時、ふと下を見てみたらね。床板の間が少し他より開いていて、そこから風が出てるのに気付いたんですよ」
「……」
「板めくってみたら案の定、腐りかけた板で蓋した地下通路」
「なんでそんなもんあるんだよ?」
「元々はどこかの殿様が隠れ処として造ったのでしょう、名主さま?」
「え?ええ……」
不意に話をふられた名主は慌てながらも頷く。
「万が一、隠れ処にまで敵が攻めてきた時の為にと、その殿様が造ったんでしょうなー…かなり古くて狭いし、崩れかけでしたけど、家もきしみ始めてましたからね。煙に気付いて犬夜叉たちが来たとしても間に合わんだろうと踏んで、通路の方へ行くことにしたんです。……暑かったですしね」
苦笑混じりに言った弥勒の肩を、笑えないっ・と隣の珊瑚がべしりと叩く。まだ涙で目が赤い。
「で、なんとか進むと、なんと裏の林の真ん中まで続いてまして」
「根性ある殿様じゃのう」
「そこからここに戻ってくるまで、また更に時間がかかったわけです」
納得していただけましたか?軽い冗談のように肩をすくめつつ言った弥勒に、七宝やかごめ、名主などは素直に頷き、珊瑚や犬夜叉は素直にその頭や背中をぶっ叩いた。
いやぁそれにしても法師殿がご無事で良かった、子供たちや村の女たちも守って頂いたようで何から何まで申し訳ない。名主は本気でほっとしたように、早口にそんなようなことを告げた。いいえ大したことじゃないですよ・とまた言って、それから家が燃えてしまって大丈夫ですか・と訊いてみた。
「何、大丈夫。米倉なんかは無事だし、何より燃えたのは私の家だけです。村が無事だったのが、何より嬉しい。それに、元々ただの農家の生まれですから…その気になればどんな小さな小屋でだって、どこでだって暮らせますよ。生きてさえいればね」
笑顔で言った。
「――生きてさえいれば、か」
「ん?」
燃えた家の後始末などに向けて村人がわたわたと動き出したのを眺めながら、ぽつりと呟かれたその言葉に、隣を見上げる。
笑った目がこちらを見ていた。
「ねえ、珊瑚」
「え?何……」
きょとんとしているうちに弥勒がすっと身体をかがめて、耳元に口を寄せた。
「やっと、安心して言えるんだ」
そのままきゅっと抱き締めて口付けそうに、嬉しそうに微笑いながら、
「――…愛しています。」
長く長くためらって、そしてやっと大好きなそのひとに。
それはきっとどんな高貴な歌より尊く甘い、短くても愛の歌。
-----------------End.
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これはある種「夏」とセット作品かなぁ・とぼんやり思いつつ書いてました。ちょうどこれの前に書いたのが「夏」でしたし(笑) 「夏」では死んだのは珊瑚でしたがこちらは弥勒ということで(イヤ死んでないけど)、対みたいな感じで。テーマは、似てるようで違います。
「夏」は色んなもの詰め込みすぎて今言うのはちょっと難しいんですが、この作品の方は「伝えておけばよかった」っていうのに絞って書いたんです。いつもなんとなく忘れてしまうけど、人は実際問題いつ死んだっておかしくないんであって、伝えたいことがあるなら常にその場で伝えるくらいの気持ちでいないといつか後悔する時がくるんじゃないか。時たま思い出したときにふとそんな風に考えるんですが、やっぱりすぐ忘れますね。。やっぱり、目の前にその人がいると照れ臭いしいつか居なくなるなんて想像つかないし。でも本当は忘れちゃいけないんだ・と、そんな感じでずっと書いてました。なので、ホントにテーマ優先するなら多分弥勒さんは死なせるべきだったと思います。
が。
言ったとおり、これ出すちょっと前に「夏」書いたばかりだったんで…さすがに立て続けに主人公(?)死なせるわけにはいかんだろう・と気が引けてしまって;;
それに私だって弥勒や珊瑚に死んでほしいわけじゃありませんから!(汗)やっぱり幸せになってほしいです。というわけでいつものごとくべたべたハッピーエンド(笑) でも後悔はしてないです。背景画像は…ぶっちゃけめんどくさくて「あとでつけよう」と思ってたのをそのまま放置・というのが実情です; でもやってみるとこれはこれですっきりしてて、もう別に良いんじゃないの〜と思ってしまうんですよ…!(汗) ホントすいません。たぶんこのままです;